アレグラン渡部のサッカーの素

愛知県東海市のスポーツクラブ "アレグラン東海” の代表の渡部貴朗が、自身のサッカー観を中心に、スポーツ、教育など気になることを素直に書いていきます!

71年前

昨日、大きなニュースがありました。

「アメリカのオバマ大統領が広島を訪問」

という歴史的なことがあった一日でした。

“現職の大統領として初めて”原爆投下国として、

被爆地である広島で、広島と長崎を含む第二次世界大戦

すべての犠牲者対し哀悼の意を示すスピーチをされました。

 

テレビニュースを見ながら

改めて

『終戦からの過ぎた年月の長さ』

そして

『平和の大切さ」

を考えさせられました。

 

今日は、高校サッカーを観戦しました。

その会場は、総合スポーツ施設であったため、

サッカー競技だけでなく、

陸上競技バドミントンなど、

高校生年代のいろいろな競技会が開催されていました。

元気にスポーツに取り組む若者、

そしてスタンドから歓声を送る、保護者を含め多くの観衆。

改めて、平和の大切さを実感しました。

 

そしてグラウンドを後にしましたわが家は、

家族(※チームアレグラン)で練習するべく、

少し大きな公園に移動しました。

公園には、楽しい遊具や乗り物、

そして、その環境の中で、

多くの家族の方々が、週末の余暇を楽しんでいました。

 

公園に行く前には、食品スーパーに立ち寄りました。

多くの新鮮な食べ物。

豊富な品物。

 

昨日の大統領のスピーチが頭をよぎります。

私たちは、本当に恵まれています。

 

71年前、私たちの国は、

とても厳しく、

とてもつらい状況であったことは、

誰もが知っていることです。

 

しかし・・・

今を生きる日本人は、

その厳しさ、つらさの何分の一を

耐えることができるでしょうか?

(もちろん私も含めて・・・)

 

少し前のことになります。

東海市の駅前の芝生広場で、

ボールを使ってトレーニングしていた時のことです。

あるご年配の方が、

わが子のボールリフティングに関心をしめされ、

声をかけてくださいました。

お話を伺いますと、その方は予科練ご出身でした。

 

少しは知ってはいましたが、後から調べてみますと予科練とは、

正式には「海軍飛行予科練習生」といって

戦前、戦中にあった、海軍の航空特務士官になるべく若者に

特別な訓練を施す制度の一つだそうです。

戦前に予科練を卒業した練習生は、太平洋戦争勃発と共に、

下士官として航空機搭乗員の中核を占めていました。

それゆえに戦死率も非常に高く、戦争の末期に入ると、

特攻の搭乗員としても、多くが命を落とされたそうです。

 

私たちがその日、たまたまお会いしましたご年配の男性の方は、

悲惨な戦争を生き抜かれた、

正に生き証人ともいえる方であったわけです。

 

話は、その日のことに戻ります。

わが子に優しく声をかけられ、ポケットの飴を差し出してくださいました。

「なぜ声をかけてくださったのですか?」

と尋ねますと

「上手にボールを扱っているからね・・・

自分も若いころは体を動かすことが得意で、

その関係で“予科練”に行っていたこともあるんだよ」

と話してくださいました。

 

せっかくの出会いでしたので、少し当時のお話も伺いました。

とにかく戦闘機の訓練は厳しく過酷で、

その日常は想像を絶するものだったそうです。

そして最後に

「今の世の中は、本当に恵まれているよ」

と話され、私たちに(またねと)手を振って帰っていかれました。

 

平和の尊さ

そして

豊かな生活

 

日常の中で起こるいろいろな出来事・・・

そしてサッカーのトレーニング中、

試合中に起こる、

厳しい、難しい状況。

 

簡単に音を上げて(弱音をはいて)いないでしょうか?

 

私たちのこの日常は、

70数年前の多くの人々の苦難の歴史の上に成り立っていることは間違いありません。

 

今日も元気に過ごし、

そして、サッカーができたことに感謝しなくてはなりません。

 

当たり前にできていること・・・

その尊さをかみしめながら、

明日からも精進していきたいと思います。