読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アレグラン渡部のサッカーの素

愛知県東海市のスポーツクラブ "アレグラン東海” の代表が、自身のサッカー観を中心に、スポーツ、教育など気になることを素直に書いていきます!

ボールを蹴ること

先日、ある指導者の方と“キック”についてお話しをする機会がありました。

サッカーは“蹴球”と言われる側面がありながら、

日本では(私の身近なところでは)ボールを蹴ることをしません。

“蹴球”という言葉自体に、アレルギーがある人も多いかと思います。

 

さて、「“ボールを蹴ることをしない”ってどういうこと?」

ということになるかと思いますが、

なかなか説明しづらい(一言で表現できない)側面もありますので、

少しずつ説明していきたいと思います。

身近な育成年代のサッカーの試合を観ていますと、

ミドルシュート、サイドチェンジのような、長い距離のキックがあまり見られません。

当然、年齢が低い小学生になればなるほど、

『身体の力の問題』で蹴ることができる距離は小さくなります。

それは仕方がありません。

しかし、高校年代でも同じような現象を感じます。

つまり、ドリブルやショートパスが好まれている傾向を強く感じます。

「身近なところ」と書きましたが、これは、日本全国にある現状だと思います。

『上手い=ドリブル』、『きれいな崩し=ショートパス』、

という“概念”が、既に出来上がっているような気がします。

話はさかのぼり、自身がサッカーを知った約30年ほど昔、

攻撃の場面では、FWより後ろの“中盤から後ろ”のプレーヤーは、

前方にスペースがあれば、とにかく蹴ることを求められました。

そして、“前線(※特に両サイドFWのウイング)”には、足の速いプレーヤーを揃え、

そのプレーヤーを利用して、「走り勝つ」という、単純で短絡的なサッカーでした。

前線のプレーヤーも、「距離や角度いかんに関係なく」シュートを"打って"いました。

個には技術も戦術もなく、

とにかく、パワーや体力任せの部分が、非常に大きかったように感じます。

(▲当時の自身の置かれていた環境が拙いことに原因がありますが、同世代の方とお話ししますと似たような印象を受けます)

 

そしてそれから時は流れ、指導者になった20年ほど前は、

国内ではJリーグがスタートし、サッカー熱が高まりました。

各国のスター選手の来日は、まるで黒船の来航で、鎖国時代の終わりを迎えた

明治維新前の日本のようでした。

外国人プレーヤーと比べ、日本人の技術的な拙さが露呈し、

同時に、“個人技術の向上”が叫ばれ始めました。

その中、『上手さ』を引き出すために、

“蹴る”という行為を、封じ込めてしまった側面があるように感じてなりません。

 「蹴らないで、運ぶ(運べる)プレーヤーは上手い」

 「ボールを失くさないためにも、蹴る時のボールは(ミスの少ない)ショートパス」
・・・
 “ボールを丁寧に扱う”

 “急がず、慌てずにプレーする”

 “目の前の相手に逃げずに対峙する”
・・・・・・
どれも大切だと思います。

また、育成年代にボールと自身が一体になること・・・

つまり、『ボールフィーリングを育てること』も、もちろん重要なことです。

指導の現場で、子どもに問いかけることがあります。

 

「ドリブルとパス、どちらが良いと思う?」

分かれますね・・・。

(自クラブの子どもたちには固定概念がないため)

 『運ぶことを良し』とする者

 『蹴ることを良し』とする者

意見を聞くと、これがまた面白いのです。

 

この話は、また追って書きたいと思います。

 

とにかく、今回は「蹴ること」について、押えたいと思います。

 

サッカープレーヤーとしての完成期を迎えようとしている

高校サッカーの試合会場のアップの様子を観ても、

プレーヤー自身の蹴ることに対しての(日頃からの)意識を

残念ながら感じません。

「なぜでしょうか?」

おそらくこれは、外から観ている自身が

『蹴ることに対しての強い意識』

を持っているせいでもあるかとも思います。

 

ただ、

正しく蹴る・・・

日本が世界に近づくためには、この技術を持つことは、絶対に必要だと感じます。

 

《付録です》

サッカーには、インステップキックというキックがありますが、

そのインステップとは、一体どこの部分でしょうか?

“正確に”お分かりになりますでしょうか??

その言葉について深く考えたことがありますでしょうか???

もし、よろしければ、アレグラン東海ホームページ(お知らせページ)に関連情報を載せましたので、

ぜひご参照ください。

www.alegrun.org

 

広告を非表示にする