アレグラン渡部のサッカーの素

愛知県東海市のスポーツクラブ "アレグラン東海” の代表の渡部貴朗が、自身のサッカー観を中心に、スポーツ、教育など気になることを素直に書いていきます!

自己実現するのは誰のため?

春らしい気候になってきました。

 

 

「卒業、修業」

 

そして、

 

「入学、進級」

 

と、このシーズンは、とても慌ただしいですね。

 

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この機に、サッカーもこれで一区切り(引退)・・・

 

で、次のステージに進んでいく人もいます。

 

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私の本音は、

 

サッカーをたとえどのような形であれ、

 

ずっと続けて欲しいのですが・・・

 

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如何せん、それぞれ本人が決めること(人生)ですから

 

仕方がありませんね。

 

 

この引退する子どもに

 

「卒業記念」

 

ということで・・・

 

また一方、

 

「入学の祝い」

 

にといった理由で・・・

 

 

親が子どもに対して、

 

プレゼントを贈ったり

 

また

 

食事会を開いたり

 

・・・

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世間の多くは、そのようなことを行うようです。

 

 

「冷めた意見」と言われそうですが、

 

ただ、私は“それ”をする気持ちにはなれません。

 

 

なぜなら・・・

 

 

サッカーをして

 

「自分を磨き」

 

自己実現を果たす』

 

のは、“子ども自身”だからです。

 

 

サッカーは競技人口が多い反面、

 

競技を突き詰めていきますと、

 

そのピラミッドの頂点は、

 

かなり狭き門であることは間違いありません。

 

 

上を目指せば目指すほど、大変なことも多々あるでしょう。

 

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しかし・・・

 

それも子ども(本人)が選んだことで、

 

そのサッカーが好きだからこそ

 

がんばれる(がんばれた)はずです。

 

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ねぎらいの言葉

 

 

努力に対して正当な評価

 

は、必要かと思いますが・・・

 

 

『(記念の)祝い』

 

などは、本当に必要でしょうか? 

 

 

 

話は少し変わりますが、

 

「お疲れさま」

 

という言葉があります。

 

 

サッカーの活動を終えた後も、

 

ついつい口にしてしまいそうですが・・・ 

 

プレーヤー(子ども)は、

 

サッカーという“労役”を課せられたわけでは、決してありません。

 

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自分の好きなことをやっているわけです。

 

 

無理やり嫌なことをさせられ、

 

肉体的、精神的に疲弊しているわけではありません。

 

 

「お疲れ・・・」にも、

 

何か “違和感”を覚えます。

 

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話題を、本題に戻します。

 

実は、私も・・・

 

過去に親に言われたことがあります。

 

 

「大学に合格したら、高級料理店に連れて行ってやる」

 

・・・

 

今になって考えますと、大きな疑問を感じます。

 

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「大学に進学する『目的』は何でしょうか?」

 

 

  専門的な学識を“高める”ため

 

  興味のある分野の学問を“学ぶ”ため

 

 

つまり、

 

さらに上のカテゴリーに進み、人生の選択肢を広げるため

 

 です。

 

 

進学することは、

 

『自分のため』であるはずです。

 

 

ただ、それに対して(例えば入試のための)

 

『諸費用や準備に要する経費』は、

 

子ども自身が負担できるものではありません。

 

そして、子どもが

 

行き詰った時

 

進路に悩む時

 

心理的なサポート』

 

『(人生の先輩としての)助言』

 

 その部分は、親が子どもにしてあげなくてはいけない部分です。

 

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しかし、親が関わるのは、“それだけ”のはずで、

 

子どもは親のために、親の希望する大学に進むわけではありません。

 

 

ただ一方で、

 

一般的に偏差値の高い、有名な大学に進学して

 

また、

 

強豪チーム、プロチームに入団して

 

喜ばない親はいません。

 

 

しかし、

 

そこ(その学校、そのチーム)に進んだのは、

 

 

子どもの意志であり

 

子どもの努力の成果

 

 

のはずです。

 

 

実は、『親とは直接には関係がない』ことなのです。

 

 

但し、子どもは勝手に大きくなれるわけではありません。

 

前述しました通り、

 

親の援助、また適切な助言は必要不可欠です。

 

 

ただ、

 

 合格した

 

 勝った

 

 賞を獲った

 

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・・・

 

それは、子どもの努力の賜物なのです。

 

 

それをネタに、

 

“親”が「舞い上がっている」ようでは、

 

正に、本末転倒です。

 

 

「子どもの夢のため」

 

と言いながら・・・

 

実は、

 

親の希望を子どもに被せ、

 

その子どもの結果に有頂天になっているだけ、

 

なのかもしれません。

 

 

先に挙げた、

 

 合格

 

 優勝

 

 入賞

 

さらには、わが子が有力校や有名チームに入ることは、

 

ステータスが高い(誇らしい)ことにもなります。

 

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だから親は「子どものため」と口にしながら

 

“自身(の希望?野望??)のため”に、

 

費用の捻出から送迎、その他に至るまで、張り切ります・・・。

 

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しかし、

 

わが子(子ども)は、自分でしょうか?

 

 

血縁関係があっても

 

手をかけた自身の教え子であっても

 

 

子どもは、自分(あなた)ではありません。

 

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「あれはウチの子です!」

 

そう言えること

 

また

 

「あの子は、あなたの子ですよね!」

 

そう言われること

 

 

“その瞬間”が、親やコーチの喜びなのかもしれません・・・。

 

 

でも・・・

 

その評価をされているのは、

 

あなたではなく

 

“あの子” なのです。

 

 

親、またコーチは、

 

確かにその子の成長の中に、関与したのは事実ですが、

 

繰り返しますが、

 

事を成した(成す)のは、子ども自身です。

 

 

それはつまり・・・

 

あの子は、

 

自分(親、コーチ)の分身ではなく、

 

全くの別の人格を持った人間ということです。

 

 

この先の人生を豊かにし、

 

幸せにするのは、

 

各々(子ども自身)の課題です。

 

 

 

したがって、

 

今、

 

サッカーをやって

 

勉強をして

 

 

自己実現するのは・・・

 

あなたや私(*大人)ではなく

 

子ども自身なのです。

 

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