アレグラン渡部のサッカーの素

愛知県東海市のスポーツクラブ "アレグラン東海” の代表が、自身のサッカー観を中心に、スポーツ、教育など気になることを素直に書いていきます!

押し付け?お節介??

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 二学期が始まりました。

 

 

 

そして同時に、

 

バトルの毎日が始まります。

 

 

 

バトル??

 

 

 

上手くいくこと、上手くいかないことの連続の毎日

 

 

・・・

 

 

これが子育ての現実です。

 

 

 

子どもとの摩擦

 

・・・

 

これを“バトル”と例えました。

 

 

 

子どもと闘うというよりも、

 

むしろ

 

「自分自身の心」との闘い

 

です。

 

 

 

ただ、巷では、

 

子育て、教育に対して、

 

「魔法の言葉」

 

「その気にさせる一言」

 

などをテーマにした内容ものが、数多く出回っています。

 

 

 

しかし、現実にそんな夢のような言葉や手段があれば・・・

 

 

子どもも大人も

 

ストレスはなく・・・

 

毎日が楽しい日々になることは、間違いありません。

 

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ここで考える必要があります。

 

 

 

以前も、あるタイミングで書きましたが、

 

 

“ラク”

 

 

“たのしい”

 

は、

 

同じ漢字・・・

 

 

『楽』

 

 

が使われています。

 

 

 

大人にとって、

 

 

“気楽” に子育てができれば・・・

 

 

 

子どもにとって

 

 

“楽々” 大人になれれば・・・

 

 

 

そんな理想的で『楽しい』毎日は、ありません!

 

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ストレスが掛からないように、

 

いかに要領良く、その場をやり過ごすか

 

これが

 

「この時代を生きるテーマ」

 

のような気がします。

 

 

 

しかし、

 

 

「この時代」

 

と書きましたが、

 

 

今も昔も

 

人間というもの自体は変わらず

 

「怠け者」

 

 

「飽き症」

 

 

「いい加減」

 

な部分が

 

人間にはそもそも備わっています。

 

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「できるだけ楽をしたい」

 

 

「できるだけ身体が疲れることは避けたい」

 

 

一方

 

 

「お金は欲しい」

 

 

「美味しいものは食べたい」

 

 

ただ

 

 

「身体のラインは崩したくない(体脂肪はつけず、筋肉をつけたい)」

 

 

「技術は身につけたい(上手くなりたい)」

 

 

 

つまり、

 

 

“叶わぬ望み(矛盾)”を追求し続けている

 

 

ように感じます。

 

 

 

 

実現不可能なことを追求し続けるのは・・・

 

 

“絵に描いた餅”

 

を食べようとすることと同じです。

 

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絵の餅は、いくら美味しそうに見えても、

 

決して食べることはできないのです!!

 

 

 

 

 

 

 

前置きが大変長くなりました。

 

本題に入ります。

 

 

新学期が始まり、

 

娘たちが、学校からPTA関連の新聞を持って帰りました。

 

 

その中で、

 

とある講演会での講師の方の記事が、気になりました。

 

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それは

 

「叱り方のコツ」

 

というものです。

 

 

ここでその全て書くことはスペースの問題もあり、

 

書き切れません。

 

 

 

そこで、一番気になったことだけを取り上げます。

 

 

 

 ひどい叱り方とはどんな叱り方だろうか。

 

 「あなたのために言っている」

 

 と(親は)叱っていないだろうか。

 

 これは自分のために言っているに過ぎず、

 

 無意識のうちに人を傷つけている。

 

 私たち親は、

 

 比較することで子どもに劣等感をもたらしていることを忘れてはいけない。

 

 「あなたのために言っている」

 

 というのは禁句なのである。

 

・・・

 

といった内容でした。

 

 

私はこの講演を直接聴いたわけでもありませんので、

 

この言葉の前後関係も分かりません。

 

 

 

しかし

 

・・・

 

 

禁句

 

とまで断じたこの言葉

 

 

・・・

 

 

「あなたのために~」

 

という言葉は、

 

本当にダメな言葉なのでしょうか?

 

 

 

では誰のためであれば

 

良いのでしょうか?

 

 

 

一方、

 

講師の方の言わんとされる意味・・・

 

それも何となく分かります。

 

 

(◯◯さん(他者」)を褒めたちぎった後、

 

 

「あなたのためだから~」

 

と言う言葉が続けば、確かに聞き入れられるはずがありません。

 

 

これは対象が、子どもであれ、大人であれ、

 

“同じ”ことが言えます。

 

 

 

そもそも手法として大きく間違っています。

 

人間関係、信頼関係を破壊するやり方です。

 

 

 

ただ・・・

 

「あなたのため」

 

という言葉自体が、禁句なのでしょうか?

 

 

 

繰り返しますが、

 

“あなたのため”に言わなければ

 

“誰のため”に言うのでしょうか?

 

 

 

あなたを心配しているから

 

あなたのことを想うからこそ

 

 

そこ(心)から出る言葉、働きがけは

 

 

親心 ではないでしょうか。

 

 

 

それをなぜ隠す(オブラートに包む)必要があるのでしょうか?

 

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だからでしょうか・・・

 

この近年、

 

子どもも大人も

 

少し注意されたり、叱られたりすると

 

その状況が飲み込めず(理解できず)、

 

 

「自分は嫌われている」

 

「こんな環境は嫌だから他に変わる」

 

 

と過度に思い込み

 

思わぬ方向に事態が進んでしまいがちです。

 

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自分のことに本気で向き合ってくれる

 

自分の足りないところを真剣に指導してくれる

 

 

そもそも

そんな接し方をしてくれる人に

「出くわした経験がない」

ような印象を受けます。

 

 

 

 

理由は単純・・・。

 

 

 

そのような大人がいなくなってきたから。

 

 

なかなか物事が理解できない子どもに真剣に向き合うと

 

大人は確かにエネルギーを削がれます。

 

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そして次に、

 

人間本来の気質・・・

 

「面倒くさい」

 

「諦め」

 

が、頭をよぎり始め・・・

 

 

ひいては

 

『この面倒くさい状況(流れ)から“何とか逃れよう”とする方法』

 

を探り始めます。

 

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現実から逃れようとする自分に力を与えるものが、

 

このたびのような専門家、有識者の言葉

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そして、

 

書籍、ネットの情報 

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・・・

 

つまり、

 

 “面倒くさくならない手法”です。

 

 

 

 

子育て

 

教育

 

サッカーでのチームづくり

 

 

など、

 

人間が人間に理解を促すことは、

 

そもそも疲れるものです。

 

 

 

それを解消させる単純な方法などありません。

 

 

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魔法・・・

 

残念ながら、それに頼ってしまえば(頼ろうとした瞬間から)

 

人間育成の本質からのズレが生じ始めます。

 

 

 

 

楽をして利を得ることは

 

本来無理なことだからです!

 

 

 

 

一方、

 

人間育成に真剣に向き合えば、向き合うほど

 

お互い都合の悪い状況にも出くわします。

 

 

 

子ども(選手)の側は、

 

言われたくない、耳の痛いことを言われるから反抗・反発します。

 

 

大人(指導者)の側は、

 

それ(子どもの反応)を受けると、感情が波立つと共に、

 

分かってもらえないことに落胆させられます

 

 

 

このような

 

“お互いの摩擦”

 

を生まないような具体的な方法を

 

それぞれ(子ども、大人共々)に取り始めます。

 

 

 

 

子どもは(忠告を)聴かないようにする

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大人は立ち入らないようにする

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子どもは素直さを忘れ・・・

 

 

大人は子どもの顔色を窺う・・・

 

 

お互いどんどん間違った方向に進み始めます。

 

 

 

そして、成長はなくなります・・・。

 

 

 

 

 

まとめます。

 

 

指導とは

 

そもそも人間育成を目的とするもので、

 

人間育成の本質に迫れば迫るほど、

 

相手にとっては、押し付けと取られることもありますし、

 

お節介者扱いされることもあります。

 

 

しかし、

 

相手(子どもの将来)を案じるならば、

 

相手にとって押し付けと取られようが、

 

お節介者呼ばわりされようが、

 

決してそこから逃げてはいけません。

 

 

親が逃げては、

 

一体、誰がわが子を責任持って育てるのでしょうか?

 

 

 

しかもそれを親が放棄したら・・・

 

学校の教師、スポーツクラブの指導者が

 

その責の“全て”を担えるでしょうか?

 

 

 

現実、それは不可能です。

 

 

つまり、親こそが勇気を出して、毅然と子どもに向き合い、

 

辛いことがあっても、わが子の成長を願い

 

正しさを追求し、実行していかなくてはいけません。

 

 

 

親は、云わば子育てのプロです。

 

 

人生の中で経験した嬉しいこと、苦いこと、

 

その中で分かったこと(糧)を基に、

 

子どもに正しいことを選択し、与えていく必要があり、

 

それが可能な立場にあります。

 

 

 

一方、子どもは

 

「如何に謙虚になれるか」

 

がカギとなります。

 

 

 

成長には、素直な心が絶対に必要です。

(*ただただ誰かの言いなりになることとは別です)

 

 

素直な心で耳を傾ければ、

 

相手が、なぜそのようなことを言っているのかが理解できます。

 

 

 

そうすれば、

 

押し付け

 

お節介

 

という言葉が出てくることはありません。

 

 

 

実はこのたびのタイトル

 

「押し付け」

 

は、ある方とお話をしている際、

 

私たちのクラブが行っていることについての感想を述べられた中に

 

出てきた一言です。

 

 

「理念や理想は分かるけど、

 

 逆に考えると、それは押し付けかも知れないね・・・」

 

 

 

 

人育ての手法はいろいろですが、

 

子どもの成長を想い、為したその行動に対し、

 

(相手が)実の親でも、サッカーコーチでも、

 

『親心』を解せず

 

ただの

 

「押し付け」

 

「お節介」

 

と考えている以上、

 

残念ながら・・・

 

今のレベルから上に伸びていくことは難しいでしょう。

 

 

 

成長には、

 

「聴く耳」

 

「感じる心」

 

が求められます。

 

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キーワードは

 

『素直』

 

『感謝』

 

です。

 

 

 

 

その2つ が、己を成長へと導きます。

 

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そして、私たち親、指導者には

 

たとえ、押し付け、お節介と言われても、

 

相手に“辛抱強く”向き合うこと・・・

 

これが求められます。

 

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