アレグラン渡部のサッカーの素

愛知県東海市のスポーツクラブ "アレグラン東海” の代表の渡部貴朗が、自身のサッカー観を中心に、スポーツ、教育など気になることを素直に書いていきます!

君たちがいるから

先回の続きになります・・・

 

県外に出かけた私たち親子。

 

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 グラウンドに着き、

 

「直に試合を観ることは大切」

 

それを伝えてから

 

子どもたちと試合を観戦します。

 

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娘たち(小4,小1)は

 

「わかった」

 

と言って席につきます。

 

 

 

しかし・・・

 

 

時間の経過と共に

 

ゴソゴソ

 

そわそわ

 

落ち着きがなくなってきます。

 

 

 

観戦の対象が全く知らないチームであれば仕方ないともいえるのですが・・・

 

 

男子ではなく女子のサッカー試合

 

で、

 

選手は地区協会のスクールで、顔も名前も充分に分かっているお姉さんたち

 

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「サッカーは好き」

 

 

とは言いながら

 

なぜこの条件で最後まで観戦(応援)できないのか・・・

 

 

 

ただただ人間力の低さを感じるばかりでした。

 

 

 

一方で、

 

まだ1年生と4年生(7歳と10歳)だから

 

という世間一般の意見があることも分かっています。

 

 

 

子どもの運動面の発達、成長について専門文献からの引用になりますが、

 

「運動能力や体力はいつ発達するのか」

 

を参照しますと、人間の動作の習得・ねばり強さ・力強さ

 

といった能力の習得の時期については、

 

『それぞれピークの時期が異なる』とあります。

 

 

 

 ◎神経系の発達に関わるような動作の習得 ➠幼児期

 

 ◎持久力や精神力などの粘り強さ ➠小学生・中学生

 

 ◎骨格・筋肉の発達による力強さ ➠思春期以降

 

をそれぞれその最適な時期に

 

(それを習得できるような)活動の経験が重要であるとされています。

 

 

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ねばり強さに関しては、一口に小学生・中学生とありますが、

 

データ上では

 

「12歳から13歳辺りで年間発達量がピーク」

 

ということになります。

 

 

 

具体的には・・・

 

小学6年生から中学1年生ということになります。

 

 

そう考えると

 

「我慢」

 

は、わが子には到底無理な注文なのかも知れません。

 

 

 

また一説には、

 

「ねばり強さが低く」、「飽きっぽい」

 

特徴の子どもは、

 

『好奇心が強く』、『目新しいものに強く惹きつけられる』

 

ケースが多く、

 

「次々新しい刺激を求めるので、頭の回転が速い子が多い」

 

ともいわれています。

 

 

では、

 

わが子が

 

「年齢的にも致し方ない時期」 なので

 

また、

 

「落ち着きがない = 頭の回転が速い」 から

 

放っておくべきでしょうか?

 

 

「サッカーが好きだ」と口にしながら

 

満足に試合も観ないで

 

勝手なことをし始めても大目に見るべきでしょうか?

 

 

 

話は、このたびのタイトルからどんどん逸れていきますが・・・

 

今朝未明、台風(21号)が最も接近し、暴風警報が発令されたため、

 

午前中は学校の授業はなくなりました。

 

 

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しかし、それをよいことに・・・

 

朝から遊びふける子どもたちがいました。

 

強風の中、自転車で連れ添って外出する集団に出くわしました。

 

(中にはカラオケボックスに入っていく集団も・・・)

 

 

親は何も言わないのでしょうか?

 

子どもたちはどのように連絡を取り合ったのでしょうか?

 

まさか、個々に“家電(固定電話)”を鳴らして約束したはずはありません。

 

 

おそらくスマートフォンのアプリ、

 

LINEを介して取り付けたのだと思われます。

 

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「そのスマートフォンを買ったのは?」

 

「その使用料金を払っているのは?」

 

「警報発令中、自宅待機の状況で外出を認めたのは?」

 

 

残念ながら・・・全て“親”です。

 

 

 

 

データ上では、

 

12歳~13歳は、確か

 

『ねばり強さ』

 

が出てくる時期でした・・・。

 

 

つまり、

 

“我慢”する、“自制”する

 

ことも可能になる年齢のはずです。

 

 

 

なぜ、それができなのでしょうか?

 

 

 

それは簡単です。

 

 

 

それまでのところ(年齢)で、

 

その準備を施されていないからです。

 

 

 

気ままに生きて、年齢だけを重ねていると

 

本来それが発揮される、またそれの習得に最適のはずの時期に

 

結果が出ない、伴わないのは当たり前

 

ともいえます。

 

 

 

ですから、

 

最適の年齢に到達する前、

 

“プレ期”を大切にすることがとても重要になるのです。

 

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プレ期から

 

大人が子どもに意識づけ

 

を施すべきです。

 

 

 

例えば今回の場合ですと

 

 「試合を観る習慣をつけること」(☛積極的に刺激を得ようとすること)

 

 「試合をタイムアップの瞬間まで観ること」(☛物事を途中で投げ出さないこと)

 

 

これらを言って聞かして、実行しなくてはいけません。

 

 

 

いきなり全てではなく、

 

大切なことを少しずつ確実に刷り込んでいくのです。

 

 

 

なぜなら、この大切なこと

 

・・・つまりこれは「必ず将来に関わってくること」だからです。

 

 

 

しかし、実際に

 

このことを子どもに言って聞かせ、やらせるのは、

 

本当に苦労します。

 

 

 

隣にいる大人は、のんびり試合観戦を楽しむこともできません。

 

 

 

しかし、

 

誰が子どもに言ってやるのか・・・

 

傍にいる親(大人)しかいません。

 

 

 

 

この日、理解が進まない子どもに疲れながらも試合を観て、

 

車に乗り込み、帰路につきました。

 

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親の心をよそに、車中の子どもたちはすっかり遠足気分です。。。

 

 

 

 

ふと、忘れていたことがありました。

 

 

 

それは、

 

子どもの宿題のチェックです。

 

 

 

わが子が通う小学校では、必ず音読の宿題があり、

 

それを親が聞いて、音読カードにサインをして毎日提出しなくてはなりません。

 

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そしてこの時期は、教科書の音読ではなく、

 

中学年はリコーダー(縦笛)

 

低学年はピアニカ(鍵盤ハーモニカ)

 

のチェックです。

 

 

 

理由は、この期間だけは月末の音楽祭に向けて

 

音読が楽器の練習に変わるからです。

 

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帰宅後に家(*集合住宅)で楽器を吹いていると

 

当然、近所迷惑になります。

 

 

 

 

ですので、

 

車中で吹けるように、楽器を持参して試合を観に行きました。

 

 

 

 

帰りの車内で、その演奏を聴く務めが私には残されていました。

 

 

 

いつも母親(妻)に頼んでいる役目ですが、

 

今回の遠征は妻が不在のため、私が担当です。

 

 

 

親としては当然の務めでもありますが、

 

長距離ドライブ

 

グラウンドでのプチ説教

 

 

少々、心が疲れた中、

 

「明日は学校だよ。早くやること済まそうよ」

 

と促しました。

 

 

 

 

そして、楽器を手にした子どもから聞こえてきたのは

 

・・・

 

・・・・・・

 

 

youtu.be

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

この時季、

 

このタイミングで

 

この曲は・・・。

 

 

 

 

心が震えました。

 

 

 

もし、

 

自身が親でなければ

 

そして、

 

子どもに深く関わっていなければ

 

この瞬間にも出くわすことはなかったでしょう。

 

 

 

 

正直なところ

 

子どもを真剣に育てることは

 

疲れます。

 

 

 

「何で?」

 

 

の連続です。

 

 

 

それはグラウンドで会う子どもたちも同じです。

 

 

 

何回伝えても理解してもらえない。

 

 

 暖簾に腕押し・・・

 

 糠に釘・・・

 

 

 

自分の伝え方が悪いのか?

 

 

それとも時代のせいなのか?

 

 

 

20年余り子どもと向き合っても

 

未だ苦しむことだらけです。

 

 

 

 

しかし、

 

そのような中、一筋の光の差す瞬間に出くわします。

 

 

 

子どものたどたどしい演奏でしたが、

 

今年の暑い夏をふと思い返すことができた

 

素晴らしい一時でした。

 

 

 

 

反対に、子どもたちがいなければ・・・

 

独り車の中でハンドルを握り、

 

ただひたすら家路を急いでいたことでしょう。

 

 

 

 

子どもたちがいたから

 

私はここまでの人生、多くの感動をもらいました。

 

 

 

 

そのおかげで、心豊かな人間にもなれたように思います。

 

 

 

わが子、そしてグラウンドで合う子どもたちに

 

感謝です。

 

 

 

たとえ手がかかっても、

 

みんな私にはかけがえのない一人一人です。

 

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